第一部 第一章 ブラックタイガー/コスモファルコン




 太陽系外縁で起きた地球人類史上初の異星人とのコンタクトは考えられる限り最悪のものであり、否応もなく地球人類は自らの生存をかけて初めての星間戦争に突入せざるを得なかった。
 開戦当初に生起した戦闘は外惑星軌道周辺での艦隊戦のみであったが、技術レベルの差は隠しようもなく、瞬く間に地球防衛艦隊主力は壊滅、外惑星軌道の制宙権はガミラスの手に渡った。

 外惑星軌道を放棄して内惑星軌道まで後退した地球防衛軍はアステロイドベルトに防衛線を構築する方針を決定し、防衛軍参謀本部は艦隊の消耗により生じた戦力の空白を埋めるために、編成途上にあった航空隊を投入する決定を下した。
 防衛軍参謀本部からは艦隊が再建されるまでの時間稼ぎ程度の期待しかされていなかった航空隊であったが、支援のため分派された残存艦隊と共同戦線を構築、その初戦である第一次イカロス沖海戦においてガミラスデストロイヤー(当時の地球防衛軍呼称。正確にはクリピテラ級駆逐艦)、つまり地球防衛軍が欲してやまなかった波動エンジンの実物を入手するという大戦果を挙げ、艦隊と共に地球防衛の一翼を担う存在として防衛軍内部での立場を確立することになった。

 しかし、それから間もなく生起した第三次イカロス沖海戦に投入されたガミラスの新兵器が再び戦況を一変させることになった。
 再びアステロイドベルトを襲ったガミラス艦隊は、ブーメラン型艦上攻撃機(同じく地球防衛軍呼称。DWG229「メランカ」戦闘攻撃機)を満載した円盤型高速空母(同じく地球防衛軍呼称。ポルメリア級強襲航宙母艦)を伴っていたのである。
 円盤型高速空母は速度性能と隠密性を活かして地球防衛軍が対応する前に戦線深くに侵入して艦上機を放ち、発艦したブーメラン型艦上攻撃機は地球防衛軍機とは比較にならない機動性を発揮して、小惑星を隠れ蓑にガミラス艦隊へ接近戦を挑もうとしていた地球防衛軍攻撃機を次々と撃墜していったのである。
 この海戦の結果、イカロス基地航空隊は出撃した攻撃機約200機のうち約60%が未帰還、なんとか帰還を果たした40%の内、再出撃に耐えられるのは半数ほどという大損害を被り、戦力をほぼ喪失した状態となった。
 現有戦力でのアステロイドベルト防衛線の維持は不可能と判断したイカロス基地航空隊は、地球からの命令を待つことなく基地の放棄と内惑星軌道への後退を開始した。
 イカロス基地防空砲台の身を挺した奮戦のおかげで、イカロス基地航空隊残存部隊はガミラス艦隊の追撃を振り切る事に成功、何とか地球への帰還を果たした。
 航空隊がアステロイドベルトで奮戦している間に何とか再編を終えた地球防衛艦隊は地球から火星軌道へ進出、間もなく生起した第二次火星沖海戦において甚大な被害と引き替えにではあるが、ガミラス主力艦隊を外惑星軌道まで後退させることに成功した。
 しかし、その切っ掛けを作った航空隊の前途には、一寸先さえ見えないほどの暗雲が立ちこめていた。

 三次に及ぶイカロス沖海戦の結果から、「攻撃機によるガミラス艦への対艦ミサイル攻撃」が有効(但し近接攻撃に限られる)であることが明らかとなったが、円盤型高速空母とブーメラン型艦上攻撃機の出現により「ガミラス艦隊に取り付くにはガミラス艦上機の妨害を排除できる機材、即ち「戦闘機」の配備が絶対条件」であることを思い知らされた航空隊は、取り敢えず既存の攻撃機からミサイルを始めとする対艦攻撃装備を取り外して小型ミサイルや機銃といった対戦闘機用兵装を装備した簡易防空戦闘機の配備を始めた。
 この対策の効果はある程度あったものの、付け焼き刃に過ぎない対策では技術レベルの差を埋めるのは難しく、随時投入される簡易防空戦闘機は一撃離脱を繰り返す円盤型高速空母とブーメラン型艦上攻撃機の迎撃に出撃するたびに40%台という極めて高い未帰還機を出すことになり、航空隊は消耗を強いられた。
 但し、コクピット周辺の防弾装備と脱出装置の完備、またイカロスでの戦訓と自軍の勢力圏内という立地を活かした救助体制の確立により、パイロットの喪失は機体の損失より比較的低い水準に抑えられていた。

 イカロス沖海戦から2年ほど経過した2195年の夏、月基地防衛隊から月面防空砲台の対空砲火を浴び、月面に不時着したブーメラン型艦上攻撃機2機を鹵獲したとの報告が地球防衛軍司令部にもたらされた。
 この報告を受けた航空隊司令部は色めきだった。
 1機は無傷に近い状態、もう1機はコクピット付近を残して大破した状態ではあったが、航空隊にとってはアステロイドベルトで鹵獲したガミラスデストロイヤーに匹敵する貴重な技術サンプルであり、直ちに地球への移送が決定された。

 地球近郊まで円盤型高速空母とブーメラン型艦上攻撃機が出没していた当時の戦況において、鹵獲機の移送は極めて困難と考えられていたが、移送作戦支援のため多数実施された陽動作戦が功を奏したこともあり、2機の鹵獲機は無事に地球に到着した。
 この鹵獲機はクラヴィウス・クレーターの近くに不時着していたことから、到着後に「クラヴィウス・ブーメラン」という秘匿名称がつけられたが、地球防衛軍に多くの技術情報を与えたことから、後に「アルテミスの贈り物」とも呼ばれるようになる。

 「クラヴィウス・ブーメラン」の調査は到着直後から開始されたが、それから間もなく衝撃的な事実が判明した。
2機の「クラヴィウス・ブーメラン」の内、大破した機体はごく普通の有人型(「クラヴィウス・ブーメラン」より先に鹵獲されたガミラスデストロイヤーの解析から、ガミラス人の姿形やサイズが地球人類とほとんど変わらないと推定されていた)であることは明らかであった。
 しかし、無傷の機体はもう1機の機体とほとんど同じ構造であるにも関わらず、パイロットが搭乗するコクピットが存在せず、それに相当するスペースには操縦装置と連動した複雑な装置が搭載されていたである。
 この調査結果から、ガミラスのブーメラン型艦上攻撃機は有人型がAIによる補助を受けつつ複数の無人型をコントロールするシステム(勿論無人機にもAIが搭載されており、有人機からの大まかな指示に基づいて個々のAIが適切な判断を行う)を搭載しており、ガミラスにとって危険な敵艦や敵基地などを攻撃する場合、有人型は安全な空域に待機し、有人型に操られた無人型のみが危険空域に突入するという運用がなされていると推定されたのである(この推定は事実に近かった)。

 月で有人機が捕獲されたのは、ガミラスが地球側の防空体制を脅威と捉えていなかったため、と当時は考えられていた。
 しかし、戦後に地球側が奇跡的に破壊を免れていた冥王星基地サブコンピューターからダウンロードした各種データを解析したガルマン・ガミラスの一史家による研究から、高速偵察機(地球側呼称。正確にはFG156「スマルヒ」偵察機)による高高度高速偵察では掴みきれていなかった月基地の防衛体制を明らかにするために、「クラヴィウス・ブーメラン」のパイロットが危険を承知でブーメラン型艦上攻撃機による強行近接偵察を志願、陽動のため無人機2機も出撃したが、偶然地球側の早期警戒レーダーが故障のため陽動役の無人機を捕捉できず、逆に急遽2日前に設置された移動式警戒レーダーの真正面から突入してきた「クラヴィウス・ブーメラン」を捕捉できた結果、「クラヴィウス・ブーメラン」に月基地の全対空砲が指向され、撃墜に繋がったことが判明している。
 因みに、「クラヴィウス・ブーメラン」のパイロットは脱出して機体からかなり離れた月面に着地したものの、負傷により間もなく戦死したとものと推定されており、戦後に遺骸が発見されている。
 この遺骸は、戦後に月面に設置された無名戦士墓地の片隅に埋葬されていたが、ガルマン・ガミラスとの友好条約が成立した後、月面から回収されて先方に返還されることになった。
 この一件は、折しも地球側から提供された各種データを元に、シュルツ大佐率いる太陽系派遣部隊の再評価が行われつつあったガルマン・ガミラスにおいて「勇士の帰還」として大きな話題となり、遺骸を移送した地球防衛軍B型巡洋艦アストリアをガルマン・ガミラス本国艦隊主力が出迎え、厳粛な慰霊祭の後にガルマン・ガミラス本星の無名戦士墓地に葬られたと伝えられている。

 余談ではあるが、太陽系派遣部隊壊滅後、デスラー総統の計らいによりシュルツ大佐以下太陽系派遣部隊の全員は二階級特進、ザルツ人も二等臣民から名誉臣民に格上げされ、シュルツ大佐の愛娘も閣僚級の人々が主に使用する別荘で給仕として働けるように配慮されているが、ガミラス本星に居住していたザルツ人の多くは半強制的に母星へ帰還させられている。
 これは、他の植民惑星出身者への見せしめの一環として、親衛隊が植民惑星出身者を中心にやや反抗的と思われる住民(あくまで親衛隊の主観)の流刑惑星への移送と並行して行ったことだが、皮肉なことに多くのザルツ人をガミラス本土決戦から逃れさせる結果に繋がっている(余談ではあるが、親衛隊による植民惑星出身者等の流刑惑星への移送は、ガミラス本星からの遷都を考えていたデスラー総統が、遷都時の混乱を最小限にすると共に居住民数を少しでも減らすことでガミラス本星への負担を軽くすることを狙ったものだったことが、近年開示された公文書から明らかになっている)。
 ガミラス本星が壊滅状態に陥った後、ザルツ人達はその混乱に乗じて自主独立の道を選ぶことも可能だったはずだが、彼らは派遣されていたガミラス人将官や官僚と協力し、ザルツ星に配備されていた艦艇で「ザルツ部隊」と称する艦隊を臨時編成、その戦力を持って反旗を翻す素振りを見せていた周辺星系の各植民惑星を牽制・平定していった。
 貴重な戦力の消耗と同胞相撃の悲劇を回避するために、ザルツ部隊による周辺星系の植民惑星の平定は戦闘を極力行わず、ザルツ部隊の戦力を背景とした交渉を主体として行われた。
 これは、当時のザルツ系ガミラス軍人の間で、最も尊敬を集めていたエルク・ドメル元帥(戦死後)の影響が大きいと思われるが、このため、平定した周辺星系の植民惑星配備の艦艇を再編し、新たに艦隊を編成するまでには相当の時間を要し、ザルツ部隊は生還したデスラー総統からの招集になかなか応じることが出来ず、漸く本隊と合流を果たしたのはイスカンダル救援の後になっている(因みに、現在の地球において最も尊敬を集めるガミラス軍人もまた、異名通りの巧妙な作戦でヤマトを苦しめ、武運拙く破れた時に自らの敗北を認めつつ敵将の沖田宙将を讃え、最後にガミラスと地球双方の栄光と祝福を祈りながら、その身を肉弾に変えて散ったドメル元帥であり、デスラーパレス郊外にてドメル元帥の愛鳥とひっそりと暮らしているドメル夫人の元に、「ドメルの日記」(邦題)の読者からの便りが地球から多数届けられるほどである。なお、地球防衛軍やガルマン・ガミラス軍の艦艇が七色星団付近を通過する際は、散華した両軍の兵士のための慰霊祭を営むことが慣例となっているが、そのことを伝え聞いたドメル夫人は穏やかな表情で感謝の言葉を口にしたと伝えられている)。
 一介の植民惑星が命令も補給もない状況で自活しつつ、一個艦隊に匹敵する戦力を整えていたこと自体がデスラー総統とその側近らを驚かせたが、謁見時に労をねぎらおうとする総統らの言葉を遮るように彼らは招集に遅れたことを謝罪し、その罪はこれからの戦いで償わせて欲しいと嘆願、ガルマン・ガミラス建国の戦いにおいて目を見張る活躍を見せたことは、デスラー総統とその側近らがそれまで抱いていた植民惑星民への認識を大きく改めさせるには十分だった。
 彼らの忠心は、ガミラスもイスカンダルも守れなかったことを悔いていた傷心のデスラー総統に「ガミラス星は失われてしまった。しかし、ガミラスの心はガミラスに関わった人々の中に今も生きている」(デスラー総統の自伝「戦」(訳題「デスラーズ・ウォー」)巻9第5章より)と悟らせるほどの感銘を与え、その後の植民惑星の地位向上に繋がったと伝えられている。
 実際、現在のガルマン・ガミラスでは、植民惑星出身者であっても生粋のガミラス人と権利や待遇面で何ら変わるところがない。

 なお、ガルマン・ガミラス建国後、デスラー総統はザルツ星から故シュルツ少将(戦死後。なおガルツ人初の将官である)の妻子を完成したばかりの総統府に招き、その際に少将の勇気と忠心を讃え、彼を死に追いやってしまった自らの不明を詫びたと伝えられている。
 このこともあり、ヤマトへの最後の突撃時にシュルツ大佐が座乗していたガイデロール級戦艦から発せられたと言われる「我らの前に勇者無し、我らの後にも勇者無し」の一文は、比類なき敢闘精神の発露として、植民惑星出身のガルマン・ガミラス軍人を中心に伝説として語り継がれているようである。
 皮肉な話ではあるが、この電文はガミラス側の各種報告書等には一切記載がなく、ヤマトの通信科が傍受した敵通信の記録を転記した地球防衛軍編集の「ガミラス戦役史」が、ガルマン・ガミラス帝国軍編集の「ガミラス帝国戦史(天の川銀河系テラン方面編)」との交換で譲渡された後にガルマン・ガミラスで広く知られる様になったものである。

 なお、地球人の視点から見ると憎んでも余りある太陽系派遣部隊だが、その内情は二等臣民として蔑まれていたザルツ人部隊であり、地球防衛艦隊との交戦の前に必ずと言っていいほど降伏勧告がなされていたのは、屈辱的であっても生きる道を探るべきであるとの信念を持つシュルツ少将のザルツ星と同様の境遇に陥った地球に対する温情であったことが戦後に明らかになると、地球、特に防衛軍におけるシュルツ少将やザルツ人に対する感情は好転し、現在ではザルツ人に対して敬意を持つ者も多く存在しており、旧冥王星基地跡地に建設されたガミラス太陽系派遣部隊慰霊碑には献花が絶えることがない。
 逆に、ザルツ星を始めとするガミラス植民星においては、ガミラスによって母星を壊滅状態に陥れられても自主独立の主張を曲げず、絶望的な戦局から奇跡ともいえる逆転を演じて見せた地球、特に沖田宙将に対して尊敬の念を示す者が軍部を中心に多数存在しており、彼らが地球に派遣された際には、英雄の丘を訪れることが慣例になっていると伝えられている。

 話はガミラス戦役時の地球に戻る。
 基本調査の結果を受けて、無人型に有人型のコクピットを移植する無人機の有人化が行われることになった。
 改修を担当した技術陣の二カ月に及ぶ難行苦行の末、有人機にニコイチされた「クラヴィウス・ブーメラン」は、まず慎重な飛行試験に供され、通常の飛行に問題ないことが判明した後、直ちに本格的な性能試験が開始された。
 性能試験によって得られた情報は直ちに航空隊に伝えられ、航空隊はそれを元に様々な対抗策を考案するための基本的な資料となった。
 「クラヴィウス・ブーメラン」は性能試験が終了すると直ちに分解され、今度はエンジン、構造、武装、電子装備の調査に供された。
 機体調査そのものは有人化改修の際に粗方行われていたが、性能試験後に行われた調査はパーツ一つ一つまで分解し、その組成まで明らかにするという徹底的なものが行われた。

 但し両機のコンピューターについてはその限りではなく、有人機コクピット部の無人機への移植前にデータの抜き出しが行われ、飛行制御プログラムや敵味方識別データベースにあるガミラス艦船および基地機・艦載機のスペックデータの吸い出しと解析が行われている。
 取り外された無人機のコンピューターについても有人型のものとほぼ同様のことが行われた他、無線コントロールシステムやプログラム、コンピューターそのものの解析も行われている。
 なお、敵味方識別データベースからのガミラス艦艇・艦載機のスペックデータの吸い出しは、これより少し前に鹵獲されたガミラスデストロイヤーのメインコンピューターからも行われているが、この艦は小惑星との衝突により前半部が失われるほどの損傷を受けたこともあり、冥王星基地防空隊にも配備されていたガミラスファイター(地球側呼称。正確にはDDG110「ゼードラーU」空間駆逐戦闘機)等のデータの一部が欠損していた。
 この欠損を「クラヴィウス・ブーメラン」から得られたデータで補うことができ、その意味でも「クラヴィウス・ブーメラン」の貢献は非常に大きかったと言える。

 ガミラス艦艇・艦載機の敵味方識別データベースの解析にはかなりの時間を要し、ヤマトが冥王星基地を攻略した頃にようやく解析が終わり、通信可能圏を離脱する直前のヤマトにも新しいデータベースが転送されている。
 しかし、このデータベースにはガミラスの主力空母である三段空母(当時の地球防衛軍呼称。正確にはガイペロン級多層式空母)とその搭載機のデータすら極一部しか入っておらず、戦闘空母(当時の地球防衛軍呼称。正確にはケルバデス級戦闘空母)のデータに至っては全く入っていなかった。
 戦闘空母は新鋭艦であるが故にデータベースに入っていなかったと考えられているが、既存艦である三段空母とその艦載機のデータすらほとんど入っていなかったのはある意味奇妙ではある。
 これは、ガミラスの用兵上、円盤型高速空母と三段空母が共同作戦を行うことが想定されておらず、データベースになくともIFFによる敵味方識別は可能であることから、実用上特に問題がなかったためと推定されている。
 ヤマトが太陽系を離脱した数カ月後に、冥王星に到達した第一水雷戦隊が冥王星基地のサブコンピューターから持ち帰ったデータの解析が完了した時、地球防衛軍本部では戦闘空母と遭遇したであろうヤマトの運命について悲観的な見方が大勢を占めるようになったと言われている。
 尤も、ヤマト隊はバラン星到着までに無傷のガミラス機を鹵獲した関係で、完全なデータベースを地球防衛軍本部よりも早く入手しており、しかも地球において冥王星基地データベースの解析が終了した時には、ヤマトは既に七色星団沖海戦において苦戦しつつも勝利しており、地球防衛軍本部の動揺すら杞憂に過ぎなかったのは皮肉と言える。
 なお、瞬間物質移送機についてのデータは、ガミラス側の防秘活動のためどのデータベースにも残っておらず、地球側は帰還したヤマトが七色星団の戦いのデータをもたらすまでその存在を知ることはなかった。

 さて、「クラヴィウス・ブーメラン」の機体分解調査において、コンピューターのデータを除いて最も注目を集めたのは、なんと言ってもその高性能を支えているエンジンだった。
 意外なことに、素材の耐熱性などに差はあったものの、ガミラスの宇宙機用エンジンは地球式の宇宙機エンジンと構造そのものは非常に似通っていることがエンジンの分解調査から判明した。
 つまり、推進剤に熱量を与えることで反応させ、そこから産まれる推力で前進するという点は変わらないのだが、ガミラス製のエンジンは推進剤にタキオン粒子を利用しており、熱量を受け取ったタキオン粒子が高エネルギー化(熱量が不足しているため波動エネルギーまで変換出来ない)し、その際に起こる粒子の膨張を推進に利用する「コスモエンジン」と俗称されるタキオン粒子噴射推進エンジンであることが最大の相違点だった。

 波動エンジンとタキオン粒子の存在が知られた頃から、地球でもタキオン粒子噴射推進エンジンと同様のエンジンの構想はなされたことがあったが、あくまで構想のみであったのに対し、ガミラス製のそれはありふれた実用品に過ぎない、という大きな違いがあった。
 この方式はワープに必要な速度まで加速する事は不可能だが、波動エンジンと比較しても重量当たりの推力が大きく出力制御が容易であり、また同じくタキオン粒子を利用する波動エンジンがあれば、燃料となるタキオン粒子の補給が比較的容易に行えるという利点もあった。

 当時の技術力でも、機載可能なサイズのタキオン粒子収集装置の実用化は不可能ではなかった。
 しかし、物理的なサイズによる収集率の低さから、収集量より消費量の方が圧倒的に多く、必要量を満たすことは不可能であることから、得失を考えれば収集装置の搭載に必要な機体容量や重量を燃料タンク増設に回した方が理に適っており、事実「クラヴィウス・ブーメラン」も収集装置を搭載してはいなかった。
 尤も、十分な量のタキオン粒子を収集するには、最低でも後のA1型駆逐艦クラスのサイズが必要であることが判明するのは、ガミラス戦役末期のことである。
 タキオン粒子噴射推進エンジンのもう一つの問題点として、地球方式のエンジンとは比較にならないほど排熱が多いことが挙げられる。
 このため、どうしても大面積の放熱板や強力な冷却装置を搭載しなければならず、「クラヴィウス・ブーメラン」を含むガミラス機のほぼ全てが大気圏内飛行用の主翼を兼ねた大型放熱板を装備している。

 当然の事ながら、分析の終了後すぐに「クラヴィウス・ブーメラン」から得られたガミラスの技術を取り入れた戦闘機用新型エンジンの開発が開始されている。
 この新型エンジンにはXRE-111という開発名称が与えられ、早期実用化を図るため、当初「クラヴィウス・ブーメラン」のエンジンをそのままコピーすることも考えられたが、使用している素材に地球では入手不可能なものがかなり存在するためこの方針は早々に放棄され、「よいと思われるところは片っ端から模倣、模倣できない部分は地球流にアレンジする」という、よく言えば現実的な、悪く言えば身も蓋もない手段が選ばれている。
 また同じタキオン粒子を利用することから、アステロイドベルトで鹵獲したガミラスデストロイヤーから回収した実物を元に鋭意研究中であった波動エンジンの技術(主としてタキオン粒子の制御技術)も応用して開発を促進することになった。
 なお、地球防衛軍にまともな戦闘機が存在しない現状を改善することが至急の課題と認識していた航空本部は、ガミラス機に対抗できる戦闘機を確実に得るため、XRE-111にガミラス製のものと比して高推力にするといったことは全く求めず、同等以上の推力が発揮可能であればそれに越したことはないが、不可能であればやや劣る程度の推力を発揮できればよく(機体設計や戦術の工夫などで何とか埋められるのではないかと考えられた)、その代わり信頼性についてはガミラス製と同程度にすることが求められた。
 全くの新機構エンジンであるため、当然の事ながらXRE-111Aの開発は難航したが、お手本となるエンジンの実物があったことと開発陣の不断の努力により問題は一つずつ解決され(よかれと思って圧縮機の主軸に原型より硬度の高い素材を採用したところ、主軸が硬すぎて軸受けの破損が多発したという笑えない話も残されている)、更に高機動ノズルの追加といった改良が加えられた末、XRE-111Aは「FRE-111A『流星三五型』」として制式採用されることになる。

 XRE-111の開発と並行して、XRE-111の搭載を前提とした空間戦闘機を開発することも決定され、地下都市に避難することで辛うじて操業を続けていた全世界の航空宇宙機メーカーに計画が内示された。
 このとき交付された計画要求書の概要は以下のようなものだった。


試製九九式空間戦闘攻撃機計画要求書

乗員

 1名
主要寸度
 全幅9.0m以内、全長16.0m以内
加速力
 290宇宙ノットまで10秒以内(静止状態より)
上昇力
 大気圏外まで6分30秒以内
航続力
 固定タンクにて地球−火星間往復が可能なこと
兵装
 試製九九式30o固定パルスレーザー機銃(300発)×2
 九七式57o固定陽電子機関砲(12発)×1
その他
 電子装備一式並びに空戦時における搭乗員への負担を軽減可能な重力制御装置を有すること
 各種誘導弾を6発搭載できる機体内蔵式の兵装庫を有すること
 敵パルスレーザーに対し有効な防御装備を有すること


 宇宙空間での空戦に対する経験がまだ充分とは言えなかった当時の航空隊は、初めて開発することになる本格的宇宙戦闘機をどのような機体にすればよいか判断しかねており、試製九九式と仮称された地球防衛軍初となる宇宙戦闘機の計画要求書は極めて簡素な内容に纏められていた。
 とはいえ、計画要求書で求められた数値はこれまでの宇宙機と比較してかなり高いものであり、少しでも実用化の可能性を引き上げ、かつ早期の実用化を図るため、メーカーを超えて航空宇宙技術者が世界中から掻き集められ、日本に居を構える宙技廠極東地区本部内に設置された開発陣に加えられることになった。

 試製九九式の開発開始に伴い、ガミラス艦上機スペックデータの解析と「クラヴィウス・ブーメラン」の飛行実験はこれまで以上のペースで進められるようになったが、その解析データと飛行実験結果の中で地球の航空宇宙技術者達を最も驚かせたのは、ガミラス機の長大な航続力だった。
 イカロス沖海戦などで活躍した地球防衛軍攻撃機が地球低軌道から月軌道上辺りまでを往復するのが精一杯であったのに対し、ガミラス機は惑星間飛行(ブーメラン型艦上攻撃機の無人型の場合、冥王星から木星まで。有人型や多段空母搭載機はやや短い)すら軽々と成し遂げることが出来たのである。

 「クラヴィウス・ブーメラン」から得られたデータを元に開発されていたXRE-111であれば、「クラヴィウス・ブーメラン」とさほど変わらない(8割強)航続力を発揮することが可能と推算されていたが、それは「クラヴィウス・ブーメラン」と同程度の燃料を搭載できた場合の話である。
 開発中の機体は機体規模は「クラヴィウス・ブーメラン」とさほど変わらないものの、エンジンや武装が機内容積と搭載量をかなり圧迫したため、機体内燃料タンク容量は「クラヴィウス・ブーメラン」より少なくならざるを得ず(更にタンクを対レーザー装甲で覆う防弾式としたため、容量の減少と重量増加を招いている)、しかも目一杯容量を確保しても「クラヴィウス・ブーメラン」の5割強に過ぎなかったのである。
 しかも、そこまで燃料タンクを確保した場合、重量増加により加速や運動性能が「クラヴィウス・ブーメラン」よりかなり劣ることが予測された。

 空戦性能に勝るガミラス機に対抗する以上、加速や運動性能の低下を認める訳にはいかない航空本部は、航続力の要求を当初の半分近く(「クラヴィウス・ブーメラン」の3割ほど)にまで引き下げることを了承した。
 その代わりに、再出撃までの必要時間を局限するため、自力のみでのエンジン起動、機体各部のモジュール化や燃料補給手順の簡易化を行い、更に機体やエンジンの耐久性も可能な限り高くすることが求められている。
 この方針転換には、今後の技術革新によって航続力を延長することはできるかもしれないが、航続力を確保したために重くなった機体を改良しても、優れた空戦性能を発揮させるのは難しいだろうという判断があったためだが、これにより試製九九式にかなり思い切った軽量化を施すことが可能となり、「クラヴィウス・ブーメラン」を上回る飛行性能を発揮させることが可能になった(副次的ではあるが、被弾時の被害極限にも有効であった)。
 とは言え、迎撃・攻撃のどちらにおいても航続距離/滞空時間が長いに越したことはなく(数的に劣勢であればなおさら)、以前の地球機に比べて圧倒的に長いとはいえ、この程度では地球防衛軍にとっても決して十分ではなく、将来における航続力の確保は大きな課題となった。

 試製九九式では、武装の面でも大きな飛躍が試みられていた。
 これまでにガミラス機と交戦した各部隊からの報告から、地球側簡易戦闘機に主兵装として搭載されていた小型ミサイルは威力はあるものの、空間戦闘ではどんな僅かな機動であってもスラスターの噴射が必要であり、しかも目標である敵機との相対速度にあまり差がないため命中までに時間がかかることから、かなりの至近距離でなければ必中を期しづらいことが判明していた(逆に、比較的相対速度に差があり、かつ動翼による機動が可能である大気圏内戦闘では、かなりの遠距離からでも命中することも判明していた)。
 このため、簡易戦闘機には昔ながらの実弾体機銃が装備されていたが、ガミラス機に対しては射程や威力が不足しており、ガミラス機と同等に渡り合うには彼らと同じ空戦兵器、即ちパルスレーザー機銃が必要と考えられていた。
 パルスレーザー砲そのものについては、アステロイドベルトで鹵獲したガミラスデストロイヤーから実物を入手しており、既に研究・開発が行われていた。
 しかし、それはあくまでも艦載用の大型砲であり、地球には戦闘機に搭載可能なほど小型化するノウハウはなく、機載型の開発は暗礁に乗り上げていたが、「クラヴィウス・ブーメラン」を入手したことで一気に解決への道筋に目処が立った。

 このため、試製九九式は設計段階からパルスレーザー機銃の装備を前提にしており、初期の開発計画会議において配られた書類には「30oパルスレーザー戦闘機」という名称さえ見ることができ、試製九九式の大きな特徴として理解されていたことが分かる。
 試製九九式が搭載を予定していたパルスレーザー機銃は「九九式一号一型30o固定パルスレーザー機銃」と呼ばれ、「クラヴィウス・ブーメラン」から得られたガミラス製パルスレーザー機銃(現在はハウザー機銃の名で知られている)を地球でコピーしたものを原型としている。
 しかし、九九式一号一型はただのコピーではなく、原型より二回り以上大型化(原型の口径は約13o)し、更にレーザー発振1回分の電圧を原型以上に上げることによって破壊力を大幅に向上させていることが大きな特徴である。
 ガミラス機を撃墜するだけであれば、「クラヴィウス・ブーメラン」鹵獲後間もなくして試作されたガミラス製パルスレーザー機銃をほぼストレートにコピーしたものでも十分な威力があり、それは撃墜したブーメラン型攻撃機の残骸に対する試射でも確認されていたが、当たり所や入射角度によっては致命傷に至らないことも判明したため、ガミラス機を一撃必殺可能とすることが求められていたことから、このような地球流のアレンジが加えられたのである。
 当然の事ながらその引き替えとして、ガミラス製のパルスレーザー機銃と比較して時間あたり発射可能数が7割程度に低下、更に機銃本体と給弾バッテリーの重量・容積も増加している。
 これに加えて、対地/対艦攻撃兵器として、九七式57o陽電子機関砲を主翼付け根部に6門も装備されている。
 陽電子機関砲は、基本的には対ガミラス艦用兵器の切り札として開発された艦艇用の陽電子砲、所謂衝撃波砲のスケールダウン版で、艦艇用とは異なり、給弾をバッテリー式弾倉に変更することで、発射可能弾数が大きく制限されることと引き替えに、艦艇用の様な大規模な給弾システムを不要としている。
 本来地上軽装甲車両や対戦車部隊用に開発された九七式57o陽電子機関砲だが、威力の割に軽量小型であることから戦闘機にも搭載可能なように設計変更が行われている。
 この結果、試製九九式は全体の搭載量に対して武装が占める割合がかなり高い機体になってしまい、それでなくとも不足している搭載力や航続力の不足に拍車をかける原因となったが、強力なガミラス軍に対抗するためにはやむを得ないと判断された。

 なお、九九式一号一型は、量産への移行段階で大きな問題が発生している。
 開発そのものは開発が進められていた艦載用パルスレーザー砲及び「クラヴィウス・ブーメラン」から得られたデータを流用し、更に全地球から光学兵器関連の技術者を総動員することによって早期に成功したものの、航空本部から九九式一号一型の量産を依頼された南部重工業が生産能力の限界を理由に辞退したのである。
 当時、南部重工業は防衛本部からの依頼で、秘密裏に建造が進められていたヤマト用の各種艦載兵装の開発・生産にその能力の大半を投入している状態であったため、「能力の限界」という言い分は事実だったが、その時点で九九式一号一型の量産が可能なメーカーは南部重工業以外にないと考えられていたため、量産は暗礁に乗り上げたかに思われた。
 ここで九九式一号一型の量産メーカーとして名乗りでたのが、設立間もない揚羽工業だった。
 当時の揚羽工業は南部重工業の下請け企業として従来型レーザー砲の生産に関わっており、全くの素人ではなかったが、航空本部としてはそれまでの光学兵器とは一線を画する新兵器であるパルスレーザー機銃の生産を担当させるには不安があったものの、他に選択肢がないこともあり、全く実績のない揚羽工業が九九式一号一型の量産を担当することになった。
 初期不良から暴発事故が続出する等、揚羽工業による九九式一号一型の量産は事前の懸念通り大きな問題が発生している。
 幸いなことに、九九式一号一型の量産開始時点では、まだ搭載する機体の量産はが本格化していなかったため大きな混乱までは至っておらず、揚羽工業は防衛軍技術部と南部重工業からの技術支援を受けつつ、早期の問題解決に取り組んでいる。
 その結果、量産開始から2カ月後には量産銃の性能を安定させることに成功、更に月産100挺程度ではあるが生産ラインを安定して稼動させることにも成功している(それまでに量産された砲については、改良部品のレトロフィットが同時並行して行われている)。
 余談だが、九九式一号一型の量産は揚羽工業の軍需産業への本格参入の足掛かりとなり、その後も防衛軍から様々な発注を受けることで、戦後に揚羽財閥へ発展する基礎となっている。

 なお、試製九九式には要求性能通りに機体下面へ内蔵式兵装庫が設けられており、対空ミサイルは勿論、対艦/対地ミサイルを搭載することも一応可能だったが、エンジンとパルスレーザー機銃、そして電磁投射機関砲に機体容量をかなり奪われた関係上、機体の燃料タンク容量に余裕がなかったため、兵装庫には大型の内蔵式増槽も搭載可能になっていた。
 兵装庫容量の関係上、内蔵式増槽を搭載した状態では、大型の対艦/対地ミサイルの搭載は困難だったため、実戦では兵装庫に対艦/対地ミサイルを搭載することは少なく、ほとんどの場合は対空ミサイルを搭載し、対地/対艦攻撃には電磁投射機関砲による掃射が多用された。
 この武装の使い分けは、アステロイドベルトでの戦いにおいて、対艦ミサイルを主兵装としていた各種攻撃機がブーメラン型攻撃機になすすべもなく撃墜されていった経験を持つ航空隊には、戦闘機にとって錘にしかならない対艦ミサイルを装備することに対する嫌悪感が根強く、また逆に制空権さえ奪えれば、対艦ミサイルを装備して運動性が鈍くなった攻撃機であっても十分有力な戦力となりうるという戦訓も後押しをしており、そのためには何よりも強力な戦闘機が必要とされていたことも影響したようである。
 また、難航しているエンジンの開発等が全て上手くいったとしても、試製九九式が発揮できる飛行性能はガミラス機に何とか対抗できる程度に過ぎないと試算されていたことも、この運用方針の正しさを後押しすることになっている。

 「クラヴィウス・ブーメラン」という格好のサンプルから得られたテクノロジーを基に開発されたタキオン粒子噴射推進エンジンやパルスレーザー機銃等を搭載することになっていた試製九九式だが、数は少ないながら陽電子機関砲の様に地球独自の技術で開発された装備の搭載も予定されていた。
 その一つが重力制御装置である。
 地球においても艦船用の重力制御装置はガミラス戦役勃発前に実用化されていたが、単座の宇宙戦闘機に搭載可能なほどの小型化までは至っていなかった。
 しかし、それまでとは比較にならない大出力エンジンの装備が予定されていた試製九九式では格段に機動性が向上することが予想されたことから、空戦時のGからパイロットを保護するためには重力制御装置が必須と判断され、試製九九式への搭載が決定、計画要求書にもその旨が記載された。
 とは言え、その時点では重力制御装置の小型化は成功しておらず、開発陣にとっては頭の痛い問題の一つであった。
 結局、艦船用の様に常に重力制御を行うのではなく、空戦時や加速時などに重力制御が必要とされるGをセンサーが感知した時のみに重力制御を行うようにすることで小型化を可能とし、さらに大推力を発揮するタキオン粒子噴射推進エンジンから、副産物として得られる電力の一部を重力制御に回すことが出来たことも小型化を後押しした。
 これにより、試製九九式に重力制御装置を搭載することが可能となり、これ以後に開発された全ての地球製空間戦闘機には、この重力制御装置の改良型が搭載されている。
 重力制御装置の搭載には、もう一つ副産物があった。
 それは大気圏内航空機パイロットを空間機に対応させる機種転換訓練をかなり簡易化することが可能になった(あくまで地球軌道圏内限定の迎撃機パイロットとしてだが)ことで、簡易戦闘機での実績を踏まえて改良された燃料タンクや操縦席周辺に装備された耐レーザー防御装備と合わせ、ガミラス戦役末期における航空戦力の維持に大きく貢献することになったのである。

 エンジンやパルスレーザー機銃の開発と並行して、それらを搭載する機体そのものの設計も進められていたが、エンジンや武装の開発がもたつき気味であるのとは対照的に機体の開発は順調に進んでいた。
 これには勿論理由があった。
 それは、原型となる機体が存在していたためだった。

 「クラヴィウス・ブーメラン」が鹵獲される直前の2194年、円盤型高速空母とブーメラン型艦上攻撃機に苦戦を続けていた航空隊は、大気圏内での空戦における優位の確保を目的に、地球低軌道以下での空戦性能のみを重視し、宇宙空間での戦闘や対艦/対地戦闘をほとんど考慮しないという設計思想の新型戦闘機の開発を始めていた。
 この戦闘機は「試製九八式空間戦闘機」と仮称され、エンジンは「クラヴィウス・ブーメラン」鹵獲前に得られたガミラスの技術を導入することで性能向上を図った地球製エンジンである「FRE-004F」を搭載する前提で開発されていた。
 但し、この新型エンジンは、可能な限り推力を引き上げることの代償として燃料消費量についてはまるで考慮されておらず、カバーすべき空域に対して戦力が不足している上に物資の供給が滞りつつあった地球防衛軍では、運用にはかなり無理をする必要があった。
 にも関わらずこのような機体が開発されていたのは、限定的な制空権の確保以外にも、常に不足していた宇宙機パイロットと比べれば極めて多数存在していた宇宙機転換訓練を受けていない大気圏内用航空機パイロットを防空戦力の一部として活用できれば、という思惑が航空隊にあったためでもあった。
 試製九八式の開発は、投入する戦場を限定したことが幸いして比較的順調に進み、「クラヴィウス・ブーメラン」が鹵獲されてタキオン粒子噴射推進エンジン搭載戦闘機が開発されることが決定された後も、試製九九式の保険的役割を担わせるために試製九八式の開発は続行されている。

 タキオン粒子噴射推進エンジンを搭載した全領域型の空間戦闘機の開発を始めるに当たっては、タキオン粒子噴射推進エンジンの搭載を前提とした機体を新規開発することも考えられたが、切迫した戦況から開発期間の短縮と早期実用化が求められたため、試製九九式は既に機体のテストがほぼ終了していた試製九八式の機体をベースに開発することになった。
 これは戦況の悪化から地球大気圏内での戦闘が多発することが想定されることから、重力下での空中戦闘も重視しなければならないため、大気圏内での戦闘を重視した低軌道戦闘機である試製九八式の機体を原型にした方が開発期間を短縮できると判断されたためである。
 その試製九八式の機体は、比較的長く平たい機首と水平尾翼のない平たい胴体にデルタ型の主翼を組み合わせるという大気圏内用戦闘機に極めて類似した機体形状が採用されている。
 実際に既存技術の応用は行われており、全般的に平たい機体形状が採用されたのは、従来のパッシブステルス効果を狙うと同時に、可能な限り機体形状を単純にすることで量産を容易にし、更に主翼のみならず機首を含む胴体全体も揚力を発生するフライングボディとウェーブライダー的な効果を狙ったためである。
 これは、大気圏内空戦の重視という開発方針から、使用に制限のあるスラスター噴射を行わずとも機動を行うことができる大気圏内用戦闘機同様の動翼を装備した方が有利と考えられた(事実、大気圏内における動翼を用いた空戦機動はガミラス機に対して有効だった)ことと、既に300年近い蓄積のある大気圏内用戦闘機(と往還機)のデータをほぼそのまま活用できるという理由があったためである。  また、同様の理由と大気圏内用戦闘機から機種転換したパイロットからの親近感を得やすいという目算もあり、コクピットのレイアウトも基本的には大気圏内用戦闘機のものに準じたものになっているが、一つ大きく異なる点があった。
 それは、「HUD」、ヘッド・アップ・ディスプレイが装備されている点である。
 HUDは230年ほど前に大気圏内用戦闘機用として実用化されたコクピット正面の透明ディスプレイに各種情報を現実の風景と合成して投影する装備で、パイロットが計器を見なくとも様々な情報を得ることの出来る装備としては初めてのものであり、当時としては画期的な装備であったが、40年ほど後にパイロットが装着しているヘルメットのバイザーに直接各種情報を投影し、機首正面方向の情報しか表示できないというHUDの欠陥を克服した「HMD」、ヘルメット・マウント・ディスプレイが実用化されると急速に廃れ、150年ほど前には少なくとも大気圏内用戦闘機からは見られなくなった装備である。
 にも関わらず、試製九九式にHUDが装備されたのは、地球防衛軍機として初めて装備されたパルスレーザー機銃のためだった。
 HMDやその発展系の装備は、飛行情報やレーダーの探知情報等の表示のみならずミサイルの照準に非常に適したものだが、新兵器であるパルスレーザー機銃との適合性を実験してみると、照準がやや甘くなることが判明したのである。
 ソフトとハードの両面から改善が試みられたものの、コンピューターの処理能力に大きな負荷をかける割には命中率が改善されないため、苦肉の策として過去の遺物であるはずのHUDを用いたところ、コンピューターにほとんど負荷をかけることなく命中率が大きく改善された(パルスレーザー機銃と照準機の両方が機体固定式になったためと考えられる)ことから、試製九九式のみならずその後開発された地球防衛軍空間戦闘機の標準装備になっている。
 勿論パイロットの着用するヘルメットはHMDに対応しており、ミサイルの照準にはこちらも用いることが可能である。

 2197年の後半に入ると、試製九九式の実用化にも目処が付きつつあったが、実戦配備までにはもう暫く時間が必要と考えられた。
 その一方で、限定的であってもガミラス機に対抗できる新型戦闘機の配備が何よりも望まれていたことから、試製九九式が配備されるまでの穴埋めとして実戦配備可能な状態まで到達していた試製九八式を「九八式空間戦闘機」として制式採用し、量産を開始した。
 こうして、後に「ホワイトジャガー」の愛称で呼ばれることになる「九八式空間戦闘機」は、試製九九式より一足先に実戦配備にこぎ着けることに成功、急速転換訓練を受けた大気圏内用航空機パイロットによって引き出されるであろう低軌道での高い空戦能力によってガミラス機に対抗し得ることが期待され、まずガミラスの攻勢に曝されていた欧州と北米への配備が開始された。

 この様に、機体のかなりの部分が共通しているホワイトジャガーと試製九九式だったが、内部構造については最大の相違点であるエンジン取り付け部以外にもかなりの相違があった。
 その代表的なものとして、主翼と垂直尾翼の構造が挙げられる。
 燃費の悪いFRE-004Fを搭載したホワイトジャガーでは胴体付け根部分から主翼の内部のほぼ全体が燃料タンクとして使用されているが、垂直尾翼は単に構造材のみで構成されている。
 一方、排熱の多いタキオン粒子噴射推進エンジンを搭載する試製九九式では「クラヴィウス・ブーメラン」に倣い、主翼と垂直尾翼に放熱板としての機能が加えられており、主翼付け根部分に対艦/対地攻撃用の電磁投射機関砲を装備している。
 また、ホワイトジャガーでは機首にかなり大きめの大気圏内用エンジンの空気取入口が開口しているが、ブラックタイガーでは塞がれており、外見上の識別点となっている。
 機首に開口部を設けたのは、試製九九式の開発開始当初、航続力不足を補うため小型のタキオン粒子収集装置を搭載することが計画されており、機首開口部をタキオン粒子収集口としても利用する予定だった名残で、その後、小型タキオン粒子収集装置の実用化に目処が立たないことから計画は放棄されたため、ホワイトジャガーでは単なる空気取入口としてのみ利用され、ブラックタイガーでは廃止されている。
 当然ながら、機首には「FD-1型レーダー」(「クラヴィウス・ブーメラン」に装備されていたレーダーを参考に開発したもの)が、操縦席後方には通信機器やFCSを始めとする電子機器が搭載されている。
 しかし、先述した特異な機首形状を採用したことや機体容量が限られている関係上、これらの電子装備にあまりスペースを割くことが出来なかったため、レーダーの探知距離や通信可能距離、コンピューターの処理速度などにかなりの制限が発生しているが、物理的に性能向上を図ることは難しいことから、電子装備の高性能化を待つ他に手段がなかった。

 試製九九式は、2199年4月に「九九式空間戦闘攻撃機」として制式採用されているが、その3ヶ月ほど前から量産と最初の配備部隊に指定された第五五飛行隊、続いて第六四飛行隊への配備が開始されている。
 機体はともかくエンジンが全くの新機構であることから、配備当初の稼動率は約30%とかなり低かったが、不具合に対応した改修と整備員の技術向上により、半年ほど後には常時60%を超える稼動率を保てるようになっている。
 これらの部隊に配備された九九式は、両部隊への配備が完了した直後に生起した太平洋上空における迎撃戦において、3機の喪失(戦死したパイロットは1名のみ)と引き替えにブーメラン型艦上攻撃機12機の撃墜破を報じる(戦後、冥王星基地メインコンピューターの解析から明らかになったガミラス側の損害は、未帰還9機(母機撃墜による無人機墜落含む)、帰還後投棄2機、被弾4機)等、期待通りの活躍を見せ、それまで絶望的とも言える戦いを続けていた地球本土防衛部隊に希望を与えたと言われる。
 特にブラックタイガーの開発・生産工場が置かれていた日本の専用防空部隊に指定された第六四飛行隊は、新鋭機装備部隊であることと日本の大型地下都市近郊という立地からマスコミへの露出や一般市民の注目度が高いため、部隊の秘匿名称である「ブラックタイガー」(基地が設けられていた九州地区にかつて実在していた武将の故事に因んで命名されたと言われている)が一般にも広く知れ渡り、それがそのまま市井における九九式の愛称として定着していった。
 市民の戦意低下に悩まされていた地球防衛軍がこれを見逃すはずもなく、「ブラックタイガー」を九九式の制式名称に準じる愛称として採用し、大々的な戦意高揚広告に用いた(九八式の愛称「ホワイトジャガー」もこの時に採用されたものである)。
 これに対し、広報部が考えていたよりも大きな反響があったため、後に開発される地球防衛軍空間機には、採用当初から同様の名称を制式名称の一部として付与されることが決定されるというおまけまで付くことになった。

 一方、ブラックタイガーに先駆けて欧州と北米に配備されたホワイトジャガーは、配備から一ヶ月の間に既存の簡易戦闘機では撃墜が極めて困難だったブーメラン型艦上攻撃機10機以上の撃墜破を報じるという期待通りの活躍を見せた(被害は機体喪失5機、パイロット戦死3名。ガミラス側の記録によると、彼らの損害は未帰還6機(母機撃墜による無人機墜落含む)、帰還後投棄3機、被弾6機)。
 幸先の良いスタートを切ったホワイトジャガーだが、その活躍は長く続かなかった。
 北米に設けられていた生産工場が、初期生産ロットとして100機ほど送り出したところで遊星爆弾の連続直撃を受け、データ並びに設計陣主要メンバーごと壊滅してしまったのである。
 遊星爆弾の直撃であっても2196年以降に建造された深々度の地下都市であれば充分耐えられたが、不運なことに生産工場は遊星爆弾の飛来開始から間もなくして建造された深度の浅い地下都市にあり、更に生産されたばかりのホワイトジャガーを装備する部隊が駐留する大規模な航空基地が近く(といっても100q以上離れている)にあり、遊星爆弾の主攻撃目標となっていたため、大規模な爆撃や空襲を何度も受けており、構造が脆くなっていたことが生産工場壊滅に繋がったのではないかと考えられている(但しガミラス太陽系方面部隊司令部の記録によると、これは偶然の産物であったらしい)。
 そして生産工場の再建に手間取っている内に、より汎用性の高いブラックタイガーの開発が進み、更に宇宙空間・大気圏内の両方でより高い空戦能力を発揮する新型戦闘機の実用化に目処が立ったことから本格的生産再開は放棄され、欧州に再建された工場で既装備部隊の補充用パーツのみが限定生産されることになった。
 その後、ブラックタイガーの生産とそれに伴うホワイトジャガーからの機種転換が進むにつれて、ホワイトジャガーの補充用パーツ生産ラインは徐々に縮小され、ブラックタイガーの生産ラインに転換されていった。

 ブラックタイガー(及びホワイトジャガー)の配備開始以降、ブーメラン型艦上攻撃機の未帰還機数が急増したことから、冥王星基地のガミラス太陽系方面部隊司令部では、それまで正々堂々と地球軌道上まで侵入させていた円盤型高速空母の任務を隠密高速偵察に切り替えている。
 この措置は、アステロイドベルトや火星での戦闘の様な消耗戦に持ち込まれる訳にはいかない事情を抱えていたシュルツ大佐としては、攻撃機による待ち伏せや奇襲が想定される地球付近へのガミラスデストロイヤー以下の戦闘艦艇の投入は躊躇わざるを得なかったためであることが、冥王星基地跡から奇跡的に回収されたシュルツ大佐の副官を務めていたガンツ少佐の個人日記の解析から判明している。
 このガミラス太陽系方面部隊司令部の判断は、地球防衛軍にとって極秘裏の内に進めていたヤマト計画の機密保持においても有利に働いたが、航空隊にとっても有利に働いた面があった。

 通信傍受等からガミラス高速空母の活動が一時的に鈍ったことを察知した航空隊が、九九式空間戦闘攻撃機に対する近代化改修の実施に踏み切ったのである。

 実は地球防衛軍が九九式を始めとする新型戦闘機投入からさほどの時間をおかずに、ガミラス側も新型戦闘機(地球防衛軍の視点からであるが)DDG110「ゼードラーU」を投入し始め、しかも「クラヴィウス・ブーメラン」のデータベース解析から「ゼードラーU」を凌ぐ空戦性能を持つ戦闘機の存在(艦上戦闘機DWG109「デバッケ」や格闘戦闘機DWG262「ツヴァルケ」のこと)が明らかになったことから、九九式の投入により地球防衛軍が獲得しつつあった地球軌道付近の航空優勢を、ガミラス側に再び奪取されかねないことを地球防衛軍は恐れていた(尤もDWG109「デバッケ」とDWG262「ツヴァルケ」のどちらも太陽系方面部隊には配備されていなかった)。
 そこで新型戦闘機用に開発されていた新しい装備の内、比較的容易に実装が可能な幾つかの装備を、九九式に追加装備することで性能向上を図る、という計画が進められ、試作機によるテストと並行して改修用パーツの生産も行われていた。
 しかし、激しさを増すばかりの地球本土防空戦の最中に防空戦闘機の稼働率や生産数を下げるような真似が出来るはずもなく、乏しい物資を遣り繰りして製造された改修用パーツは倉庫で埃を被っていたのだが、ガミラス側の戦術変更によって円盤型高速空母による空襲が疎らになり、しばらく大規模な迎撃戦闘が生起することはないと判断されたことから、九九式生産ラインの変更と既生産機への改修用パーツのレトロフィットが大車輪で実施されたのである。

 このときに施された主な改良点は、以下の様なものだった。
  1.機首下面に小型L型指向性アンテナ2基を追加
  2.機首側面に大型高機動スラスターを追加
  3.パルスレーザー機銃の装備位置を機首上面から下面に変更
  4.主翼を後縁に前進角を付けた大型のものに変更
  5.主翼端に統合通信アンテナを追加
  6.胴体後部上下面に大気圏内用冷却用空気取入口を追加
  7.高機動ノズルを偏向角度を拡大した新型に更新


 既存機の改修には、機首、主翼及び高機動ノズルを含む機体後部の各部をモジュール単位で取り外し、やはりモジュール単位で予め新造しておいた改修パーツに丸ごと交換するという手法が採用されており、工期の短縮に成功している。
 機首下面に追加された2基の小型L型指向性アンテナは、アンテナから発振される指向性電波を共振させることでレーダーの探知能力の向上、特に機首正面方向の探知距離の延伸及び上下左右方向の探知能力の向上を目的として装備されている。
 パルスレーザー機銃の装備位置変更は、発砲光によるパイロットの眼への幻惑の対策のためで、取り外された既装備の機銃を改修することなく装備できる様にマウント部が工夫されていた。
 九九式の主翼は、先述したように放熱板としての役割も持っているが、実戦投入後に当初の想定よりスロットルを開き気味に運用されることが多いことが判明したことから、主翼面積の拡大と胴体後部への大気圏内用冷却用空気取入口の新設によって、大気圏内外のどちらにおいても十分な冷却能力を付与することに成功しており、更に主翼面積の拡大により、大気圏内における運動性の向上も認められている。
 統合通信アンテナの追加は、地球本土防空圏内においてさえ日に日に悪化しつつある通信環境に対応するためのもので、新型の高機動ノズルは大気圏外における運動性の向上を図るために装備されたものである。

 この改修は、機体性能の向上だけでなく、機体のシルエットすら変えてしまう大規模なものであったため、それまでのブラックタイガーに変わる新たな名称を付与した方がよいとの判断から、九九式採用時に制定された新たな命名基準に従った改称が実施され、「九九式二二型空間戦闘攻撃機『コスモファルコン』」として制式採用されている。

 コスモファルコンを頼みの綱として最後の抵抗とも言える本土防空戦を続ける地球防衛軍が、文字通り最後の賭に出たのはそれから間もなくのことである。
 「スターシャ・メッセージ」と呼ばれる技術供与によって実用可能となった波動エンジンを「方舟」として建造されていた「BBY-01『ヤマト』」へ搭載し、遙か33万6千光年の征途に赴くことになったのは、広く知られているとおりである。
 これまでの戦例から、防衛軍本部は単艦で行動せざるを得ないヤマトがガミラスの圧倒的な航空戦力に対抗するには、どうしても防空戦闘を受け持つ多数の戦闘機を搭載することが必要と判断しており、ヤマトにはほぼ一個飛行隊を搭載できる格納庫と各種支援装備が搭載されていた。
 そして、実績や稼動率、補給その他の面から考えて、その搭載機にはコスモファルコン以外は考えられなかった。
 こうしてコスモファルコンはヤマトの艦載機に選定され、電磁制動装置等の艦上機として必要不可欠な追加装備の開発・生産も並行して進められている。
 因みに、電磁制動装置を始めとする艦上機用装備は、全て地球で開発・実用化されたものだが、艤装面では「クラヴィウス・ブーメラン」を参考にしている。
 これらの装備は狭い地下基地での運用においても有効であったことから、後に新規生産機のみならず既存配備機にもレトロフィットされている。

 ここで問題が発生した。
 この頃になって、ガミラス側が九州沖に「何か」が存在することに気づき始め、それまでさほど戦力を割いていなかった極東方面への軍事圧力を強め始めたのである。
 とはいえ、まだガミラス側も確信を持っていた訳ではないため、取り敢えず威力偵察を行って地球側の出方を伺っていた状況だったが、それでも円盤型高速空母による大規模な空襲が数次に渡って繰り返された。
 冥王星方面の通信量の増大から、事前に高速空母群による空襲を察知した地球防衛軍は、ヤマトの安全を図るために極東はおろかアジア全域の航空兵力、具体的には配備されたばかりのコスモファルコンを多数動員した大規模な迎撃を行った。
 結果としてヤマトの機密は保持され、また多数の撃墜戦果は上がったものの、それと引き替えに極東方面の航空兵力は大幅な消耗を強いられている。
 しかも、地球全土で慢性化しつつあった物資不足も影響して、極東方面の生産能力ではヤマト出航までに迎撃戦での喪失分はおろかヤマト隊の定数分の機体すら確保が困難になってしまったのである。
 当時の地球防衛軍にとって最優先事項はヤマトの出撃準備を整えることであったため、防空戦力の大幅な低下を覚悟の上で、全世界から既に配備されているコスモファルコンを引き抜いて日本まで空輸し、ヤマト隊に必要な機数を集めることが決定された。
 この空輸作戦は少数機での隠密空輸が望まれていたが、時間的な制約から欧州からの空輸分は大編隊で行わざるを得ず、ガミラスによる妨害は避けがたいと予想されたことから、ロシア配備のホワイトジャガー隊(第三二飛行隊)が護衛に付けられた。
 ガミラスはこの作戦を察知しており、トルコ〜ヒマラヤ上空において、空輸作戦妨害のため差し向けた円盤型高速空母のブーメラン型攻撃機と空輸されるコスモファルコンを護衛するホワイトジャガー隊の間で大規模な空戦が発生している。
 この迎撃戦の結果、ホワイトジャガー隊は戦力の大半を失いながらも護衛の任を果たし(未帰還機の内、被撃墜によるものは半数程度で、残りは燃料切れによる不時着によって失われている。不時着機のパイロットの多くは救出されている)、コスモファルコン隊はガミラスの追撃を振り切ることに成功、無事日本に到着した。

 なお、空輸されたコスモファルコンは生産された工場やロットが異なる関係上、機体によって微妙に仕様が異なる部分があるため、ヤマト搭載前に予定されていた整備と一部装備の更新時に並行して行われる改修を見越して、空輸機全機にマニュアルと機体履歴簿を添付するように航空本部から通達されていた。
 しかし、添付するマニュアルと機体履歴簿の内容について、航空本部から特に指定がなかったため、空輸機には生産国の言語(実に7カ国語に及んだ)で書かれた正規のものが特に編集もされずに添付され、整備・改修を担当した日本の工廠では、まずマニュアルと機体履歴簿を翻訳しなければ作業に入れないという状況になってしまった。
 とはいえ、悠長にマニュアルと機体履歴簿を翻訳する時間もなかったことから、やむを得ず仕様の異なる装置は全てモジュール交換したという苦労話が残されている。
 なお、この時取り外された部品は、マニュアル翻訳後に地球に残存したコスモファルコンの予備部品として活用され、空輸に関わったパイロットも原隊への復帰がほぼ不可能であったため、大半がそれまでの防空戦で戦力を消耗していた極東方面防空隊に編入され、貴重な戦力として終戦まで防空任務に当たっている。

 こうしてヤマトと共に旅立った第六四飛行隊(人員を選抜する余裕もなかったため、最も近郊に配備されている有力な部隊と言う理由でヤマト隊に選出された)は、太陽系内の戦闘においてヤマト隊としての初陣を飾り、大きな活躍を見せたが、その一方で大きな問題が発覚している。
 まず最初に問題となったのは、電磁投射機関砲だった。
 ブラックタイガーが実戦投入されて間もなく、火力を集中して戦果を挙げやすくするため、対地/対艦用として装備されたはずの九七式57o陽電子機関砲を空戦時にパルスレーザー機銃と併用するパイロットが熟練者を中心に現れ、かなりの戦果を挙げたことから、航空隊の正式な射撃法として認められ、未熟練者でも併用射撃が行えるようにマニュアル化が行われている。
 しかし、性能向上が図られたコスモファルコンへの配備が進む頃には、彼我の航空戦力の格差が更に大きくなり、より多数の敵機と空戦を行うことが多くなった影響で、空戦中に電磁投射機関砲を撃ち尽くしてしまうパイロットが多くなったことから、実戦部隊からは電磁投射機関砲の携行弾数の増加を望む声が挙がっていた。
 とはいえ、機体内容積の関係から弾倉の大型化が困難だったため、なかなか携行弾数の増加は行われなかったが、ヤマト搭載後の第六四飛行隊において予備弾倉の増加という名目で携行弾数の増加を図る改修が行われている。
 これは、航空隊公式の改修ではなくヤマト隊の独自改修(任務の特殊性のため、艦長の判断で搭載機を改修しても良いという許可を予め司令部から得ていた)で、電磁投射機関砲を搭載している主翼付け根周辺に搭載されていた機器の搭載位置を変更することで機体内に空きスペースを幾らか設け、そこに2つの弾倉を繋いで大型化した改造弾倉(艦内工場で自作)を搭載することで携行弾数の増加を図っている。
 この改修はまず1機のみに改造弾倉を搭載し、試験飛行で問題がないことを確認した後、冥王星攻略作戦の前に第六四飛行隊の作戦参加機全機に、残りの機体は作戦終了後に随時改修が行われている。
 機体内容積の関係上、陽電子機関砲1門当たり6発しか携行弾数を増やせず、改修による重量増加の影響で運動性が幾分低下したと言われているが、第六四飛行隊の隊員はこの改修を高く評価しており、改修データを交信不能になる直前の地球に伝えたことから、地球本土のコスモファルコン隊には正規に製造された大型弾倉が配備されている。

   次に問題になったのは、ヤマトを母艦として戦う場合、地球配備の場合と比較して飛行時間が長くなりがちであるのに対して、コスモファルコンの滞空時間が不足しているという戦訓だった(第六四飛行隊の定数に対して来襲するガミラス機があまりにも多いため、十分な予備機を残して編成を組むのは難しかった)。
 この問題に対してはヤマト幹部乗組員の懸念も大きく、ヤマト技術班がFRE-111Aの改良、即ち燃費向上に取り組むことになった。
 この努力は一応実を結び、バラン星通過の頃には滞空時間を2割程度延長することに成功している(このFRE-111Aの改良はヤマト独自で行われたため、ヤマト技術班が仮称として用いていた「コスモファルコン改」「FRE-111A+」という仮称がそのまま公文書でも使われている)。
 しかし、これでもまだ滞空時間が不足気味であり、大規模な航空戦が行われた七色星団沖海戦では、第六四飛行隊は敵艦上戦闘機(DWG109「デバッケ」のこと)隊に空戦へ引きずり込まれ、ヤマト周辺の防空力の低下を招いただけでなく、敵艦上戦闘機を振り切ってヤマトまで戻った機体も燃料と弾薬の不足により十分な迎撃を行うことが出来ず、その隙を衝かれて急降下爆撃機と雷撃機(それぞれDMB87「スヌーカ」とFWG97「ドルシーラ」)による雷爆撃、更にはドリルミサイルを装備した大型爆撃機(正確にはDBG88「ガルント」)の接近を許すという第六四飛行隊の懸念した通りの事態が発生している。

 一方、ヤマト出撃後の地球では、引き抜かれたコスモファルコンの穴を埋めるために通常型の生産が優先されたことが影響し、転換訓練用の複座型の開発すら行われていなかった。
 このため、ブラックタイガーやコスモファルコンには派生型がほとんど存在しないが、新型戦闘機用に開発・生産されたものの、新型エンジンの実用化に伴って宙に浮いた「FRE-111B『流星三六型』」を流用した「九九式二三型空間戦闘攻撃機」が、少数ではあるが生産されている。

 地球とヤマト双方のコスモファルコン隊は制空戦闘や迎撃のみならず、開発時に構想されたように陽電子機関砲による対艦攻撃を実施してかなりの戦果を挙げているが、この戦術の成功にはちょっとした偶然があったことが戦後に判明している。
 当時、地球戦線に配備されていた初期生産型のガミラスデストロイヤーには、波動エンジンのエネルギー伝導管を流れる波動エネルギーの干渉によって艦後部の周辺に施された光学装甲が無効化され、直径僅か30pほどではあるが全くの無防御となるピンホールがよりにもよって予備魚雷収納庫付近に発生するという欠陥があった。
 ガミラスデストロイヤーに対する有効な攻撃方法を模索していた地球防衛軍の中でも、艦艇より非力で脆い兵器を運用する関係上、鹵獲したガミラスデストロイヤーの構造等の解析を最も熱心に行っていた航空隊がいち早くこれに気づき、その弱点をつく攻撃方法として、電磁投射機関砲での近接攻撃によって予備魚雷収納庫を直撃、予備魚雷を誘爆させることで、波動エンジンのエネルギー伝導管を破断させ、撃沈破に追い込むという戦法を確立したのである。
 航空機同士の格闘戦宜しくガミラスデストロイヤーの後方に回り込み、陽電子機関砲を叩き込むコスモファルコンの記録映像が残されているのはこのためである。
 因みに、ガミラス側もこれよりも以前からガミラスデストロイヤーの欠陥には気づいており、後期生産型のガミラスデストロイヤーではエネルギー伝導管やミサイル庫の配置を変更することで、この欠陥は改善されていた。
 しかし、ガミラスと地球の技術差から、太陽系方面であれば致命的な欠陥にはならないであろうと考えられた(実際、2199年まではその通りだった)ことから、冥王星に展開する太陽系方面部隊には前期生産型のガミラスデストロイヤーしか配備されず、改良型のガミラスデストロイヤーは他の戦線に優先配備されてしまった(太陽系方面部隊からは改良型ガミラスデストロイヤーの配備が何度も要望されている)ため、ガミラス戦役においてヤマトや地球防衛軍の前に改良型ガミラスデストロイヤーが現れることはなく、終戦までこの戦法は有効であった。

 なお、一般におけるコスモファルコンの知名度は、原型であるブラックタイガーのそれと比較すると圧倒的に低い。
 これは、先に述べた様にブラックタイガーが実戦配備間もない頃から戦意高揚のための広告に用いられていたのに対し、コスモファルコンが実戦配備された頃には戦意高揚広告を行う余裕が失われていたためで、一般にその活躍が知られることはほとんどなかった。
 戦役終結後、後継機の配備に伴ってコスモファルコンは早々に第一線を退いてしまい、しかも大ヒットしたTVドラマ「宇宙戦艦ヤマト」において、第一線から外れてはいるものの圧倒的な知名度を持つブラックタイガーがヤマト艦載機として登場してしまったため、ブラックタイガーの勇名がますます市井に広がるという現象が起こる一方で、コスモファルコンは戦史家等の一部の専門家にその名が知られている程度である。
 ガミラス戦役後は、高等練習機や連絡機、予備機(一部は複座型に改造されている)として静かな余生を送っていたコスモファルコンだが、白色彗星戦役時において地球の練習部隊に配備されていた機体が地球本土決戦に雷撃機の代用として参加して敵空母を撃沈、地球残存艦隊の勝利に貢献するという最後の花道を飾った(第二部第四章参照)。
 その後、残っていた機体も順次退役し、その後の戦役の被害もあってブラックタイガー/コスモファルコンのどちらも実機は現存していなかったが、近年、閉鎖されていた九州地区地下防空基地の調査を行った際にコスモファルコン1機が発見され、九州地区航空隊基地において各メーカーの協力を得て往時の姿のまま飛行可能な状態にまで修復された後に、月面航空隊基地に隣接する地球防衛軍空間機博物館で展示されている。
 地球生まれの猛獣は、月の女神から翼を得て猛禽に生まれ変わり、短い一生を駆け抜けたのである。

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